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イプシ・マーケティング研究所
<コラム&レポート> -ビジネスレポート-
Web2.0

 「Web2.0」とは、2004年頃から現れた革新的な技術により、ウェブがあたかもバージョンアップしたような進化の様相を呈しつつあることを表現する言葉である。しかし、Web2.0という概念が内包しているのは、その技術的特性の変化のみならず、実現されるサービスの特性の変化であり、今後、今までなかったサービスが次々に現れるであろうことへの示唆である。ここでは、Web2.0の代表的サービスと言われる事例をいくつか紹介し、その理念や展開方法の従来のビジネスとの違い、またサービス成功の秘訣についてレポートする。

第1回 ウィキペディア
2006.12.1
<ウィキペディア> http://ja.wikipedia.org/ (日本語版)




今泉誠氏
ウィキペディア日本語版の管理者を
つとめる今泉誠氏
 最近、ウィキペディアで調べものをすることが増えた。仕事でもプライベートでもだ。知りたいことがユーザー目線で詳しく書かれていて便利なのだ。ふと気がつくと、周囲にもウィキペディアを使っている人が多い。

 ウィキペディアは、オンライン百科事典サイトだ。「What is Web2.0」という論文でWeb2.0という言葉を一躍世に広めたティム・オライリーは、不特定多数のボランティアの協働作業により全ての記事(項目)が執筆されているウィキペディアを「集合知を利用したコンテンツ作成の革新的な実験」と評した。

 しかし、単に意思あるユーザーを数多く集めれば集合知が形成されるというほど話は単純ではない。人間の集まりである以上、そこに運営や管理はつきものだ。ウィキペディアはどのように運営されているのだろうか?

 この疑問を紐解くべく、ウィキペディア日本語版に初期の頃から参加し、長く管理者をつとめる今泉 誠氏に、ウィキペディアの運営についてお話を伺い、本稿にまとめた。


■ウィキペディアはWikiを利用した誰でも投稿できる百科事典


 ウィキペディアは、誰でも投稿・編集 できるオンライン百科事典である。2001年1月に英語版が始まり、現在、229言語のプロジェクトが稼動中だ。トラヒック表示ツールAlexa (http://www.alexa.com)で見ると、全言語版をあわせた総トラヒックはグローバルで第15位と大変な人気だ。

 ウィキペディアを運営しているのは、米国の非営利団体「ウィキメディア財団」である。財団の運営は寄付によって賄われており、そのほとんどが本部で一元的に運用されるサーバーの費用に当てられる。

 各言語版の執筆・編集は、大勢の執筆・編集ボランティア(以下、何らかの形でウィキペディアの執筆・編集に関与しているボランティア・ユーザーを、「参加者」と記す)によって行われており、参加者のなかから選挙で選ばれたほんの一握りの人々が、記事の削除等の権限を持つ管理者として各言語版のサイト管理に当たっている。

 参加者が記事を執筆・編集するには、ユーザー登録をしてハンドルネームで書くこともできるが、無登録のまま書くことも可能だ(IPアドレスのみ記録される)。ウィキペディアの記事ページで「編集」タブをクリックすればいきなり編集画面が現れるという参加障壁の低さは、ちょっとした驚きだ。


■ウィキペディアとはWiki+(encyclo)pedia


 「ウィキペディア(Wikipedia)」の名称は、ウィキペディアが利用しているシステムの「Wiki」と百科事典の「encyclopedia」からきている。

 Wikiについて少し触れておくと、WikiとはWebブラウザを経由して共同で文書を作成するシステムのことである。Wikiにはいくつかの特徴があるが、そのひとつとして、誰でも編集できるかわりに、編集した内容が他のユーザーの目につき易くなっており、問題があった場合に発見され易いことが挙げられる。

 ウィキペディアの創設者のジミー・ウェールズ(ウィキメディア財団名誉理事長)らは、ウィキペディア以前に「ヌーペディア(Nupedia)」と呼ばれる別の百科事典サイトを立ち上げていたが、ヌーペディアは、執筆者を原則として博士号保有者に限っていたため、普及は限定的だった。そこで、百科事典にWikiを導入することを思いつき、ウィキペディアと名づけて立ち上げたところ、このように大きく広がったのである。

 ウィキペディアでは、Wikiのしくみが最大限に活かされており、Webを通じて誰でも執筆・編集に参加できる。更新された記事は「最近更新したページ」に掲載され、必然的に多くのユーザーの目に触れることになる。また、記事ごとに編集履歴が記録されるため、誰がいつどんな変更を加えたかが分かる。執筆・編集内容に問題があった場合には、履歴機能を使って、以前の状態に戻すことも容易だ。

 さらに、百科事典としての質を担保すべく、書かれた記事を他の参加者に読んでもらい、改善すべき点などを指摘してもらう参加者相互の査読のしくみもある。

 
■日本語版は記事数28万以上、ネットユーザーの5人に1人が閲覧


 日本語版に目を向けてみると、こちらも大変な盛況ぶりがうかがえる。ウィキペディア日本語版がスタートしたのは、英語版より少し遅い2001年5月であり、それから6年半の歳月を経た現在、記事数は28万以上にも達している。

 また、日本国内ではネットユーザーの18.2%と、実に5人に1人がウィキペディアにアクセスしており(2006年3月のネットレイティングスの調査)、1日延べ約2万回の編集が行われているという。

 今泉氏が、アクセス数の急速な伸びを実感したのは2006年に入ってからだ。2005年末に、英語版のウィキペディアにおいて、ケネディ大統領暗殺への著名ジャーナリストのかかわりを示唆する虚偽の記述が4ヶ月放置されたことが、メディアで報道され話題を呼んだ。ウィキペディアの説明責任の所在と情報ソースとしての信頼性が大きく問われた事件であった。しかし結果として、この事件がきっかけとなり、ウィキペディアの認知度が高まり、アクセス数の急伸につながったのである。


■やって来ては去っていく、多様なウィキペディアンたち


 なぜこれほど多くの人がウィキペディアに参加するのか?という問いに対して今泉氏は、「やはり楽しいからでしょう」と答える。氏にとっては、「自分が書いた記事に、自分が思ってもみなかった視点が付け加えられたとき」が、最も楽しいと感じる瞬間のひとつなのだそうだ。

 楽しいからというのは、参加者たちに共通の参加動機だろう。しかし、ウィキペディアの参加者像は、多様過ぎてつかみようがないのが実情のようだ。今泉氏によれば、職場でアクセスする人もいれば、自宅で書く人もいるという。実務を離れた管理職が、仕事の合間にウィキペディアを編集していたり、夜間の監視業務を生業とする人が一晩中編集しているケースもあるらしい。
 
 また、同一の参加者でも、その人の興味や事情の変化によりウィキペディアへのかかわり方は異なってくる。多くの参加者は、ウィキペディアに入ってきて、ある期間集中的に参加し、しばらくすると去っていく。そのサイクルは平均3ヶ月くらいとのことだ。一方で今泉氏のように長くウィキぺディアに留まる人も少なからずいるが、そういった人は全体から見ればむしろ少数派だ。


ウィキペディア日本語版の「Web2.0」の記事
ウィキペディア日本語版のWeb2.0の記事



■参加者に対する明示的な役割分担はなし


 そんな多様な参加者たちは、どのように協働するのか? ウィキペディアでは執筆・編集が最も大きなタスクだが、その他にも査読や翻訳等さまざまなタスクがある。これほど大きなプロジェクトならば、ボランティアと言えども何らかの仕事の振り分けや役割分担が必要では?と考えたくもなる。

 しかし今泉氏によれば、管理者以外は明示的な役割分担はなされておらず、あくまで参加者の自主性に任されているのだそうだ。

 例えば査読についても、査読担当者に任命された人がいるわけでも、誰かが公式に「査読をお願いします」といった依頼を受けるわけでもない。ある記事について査読が必要だと考えた人が、「査読依頼」のページで所定の編集作業を行うことで、そのページに当該記事の査読依頼を掲載する。またこれにより、当該記事ページの冒頭にも査読依頼中であることが掲載される。そして、これらの依頼を見て自分がやろうと思った人が査読を行うのである。ただし、参加者が皆、査読に参加するのではなく、査読が好きな人がいて、そういう人が多く査読を行っているのだという。


■多くのユーザーによりサイトの隅々までチェック


 それでは、ウィキペディアンたちの活動を、管理者はどのように「管理」しているのか? いろいろと苦労も多いだろうと思いつつ今泉氏に聞いてみたところ、意外にも「好きなようにやってください、という感じです。」という返事が返ってきた。

 日本語版で管理者と呼ばれる人は現在51人だが、そもそもそれだけの人数で、28万記事を擁しさらに1日2万件の編集が行われるサイトの隅々まで目を届かせるのは、現実的には不可能だろう。また、ウィキペディアとて他のコミュニティサイト同様、日々、トラブルが絶えないであろうことは容易に想像できる。それでも一見してそれほど荒れているように見えないのはなぜか?

 それは、ウィキペディアのサイトの隅々まで目を行き届かせる役割を、ページを閲覧する数多くのユーザーが担っていて、問題を発見したユーザーが自分で記事を修正したり問題を指摘したりすることができるからだ。オープンソースの伝道師エリック・レイモンドの「十分な数の目があれば、どんなバグも深刻ではない」という言葉が当てはまる状況だ。

 また、権限を持った管理者が対応する必要がある場合は、ユーザーが管理者に案件を依頼するためのページから連絡し、それを見た管理者の誰かが対応する。今泉氏は、このようなしくみについても、最近は各分野ごとにその分野を重点的にウォッチしてくれる参加者が定着しつつあり、うまく機能するようになっていると言う。


■管理者の権限は最小限


 では、ウィキペディアの管理者が持つ権限とは何だろう? ウィキペディアの管理者が持つ主な権限は、記事を一時的に編集不可能な状態にする「保護」とその解除、不適切な記事の「削除」、そして特定参加者の書き込みを禁止する「ブロック」とその解除などだ。

 民主的な運営を理念とするウィキペディアでは、管理者の権限は最小限に限定されている。なお、記事を「削除」するには、原則、事前に1週間、サイト上でオープンな議論を経なければならないなど、権限の行使は定められたルールに則って行われる。

 今泉氏の口ぶりでは、権限導入の目的は、サイトを「荒れないように」管理するというより、延々と答えが出ない議論や編集合戦で、ウィキペディアのデータベースが無為に消費されるのを避けることのようだ。

 また、管理者は、特別な権限を持ってはいるものの、議論においては一般の参加者と同じ土俵で参加しなければならない。管理者は必ずしも、ウィキペディアを率いるリーダーとして特権を与えられているわけではないのである。


■協働を支える運営ルールの文書化


 ここまで、ウィキペディアの運営の概要を述べてきた。では、ウィキペディアのような、不特定多数のボランティアが参加する強いリーダーシップを持たないプロジェクトの成功の秘訣は一体何なのであろうか? 

 今泉氏は、人の出入りの多いウィキペディアでは、きめ細かく運営方針や運営ルール・ガイドラインが設定されていること、及び、初心者がそのルールをスムーズに会得できることの2つが重要だと言う。そしてそのためには、方針やルールの文書化等、参加者自身がルールを自分で理解できるような取り組みと、参加者同士が互いに教え合うしくみが大切なのだそうだ。

 例えば、記述スタイルの統一について考えてみよう。ここで言うスタイルとは、概要の次に歴史を書くといった構成、レイアウト、書式、表記方法等のことだ。ウィキペディアでは、参加障壁は低いが、参加者が書く記事はあくまでもウィキペディアのスタイルに沿っていなければならない。

 これを参加者が自学自習するには、言うまでもなくドキュメントは不可欠だ。また議論になった際の拠り所でもあり、議論の結果、改訂されることもある。今泉氏自身も、ウィキペディアを洗練された百科事典にするにはスタイルの統一が重要と考え、関連する英語ドキュメントの日本語への翻訳に熱心に取り組んできたが、その結果、参加者の行動は、自発的にドキュメントを参照するようになるなどずいぶん変わったという。


■参加者同士のコミュニケーションも重要


 また、参加者同士が互いに教え合うしくみとしてドキュメントにも増して有効なのは、参加者による参加者のための添削なのだそうだ。ウィキぺディアのスタイルに慣れた人が、慣れていない人の記事を添削しコメントすることで、添削を受けた人はよりウィキペディア流の記事を書けるようになるのである。

 ヘルプページの「井戸端」も、ウィキペディアのルールや操作方法を、参加者同士が相互に教え合う場として機能している。今泉氏によれば、初心者の疑問に対しては、少し慣れた初心者が回答してくれることが多いという。

 現在定められているルールの多くは、これまでのウィキペディアの活動により積み上げられてきたものである。誰かが作成した方針・ガイドラインのドキュメントを叩き台に、サイト上での議論と方向性の確認を経て、ルールとそれを記述したドキュメントが修正されていく。

 百科事典の内容の方向性についても、執筆依頼、加筆依頼、重点的に書くべき記事の提案などを自由に掲載でき、参加者同士がコミュニケーションできるページがある。こういった場で、参加者同士が緩やかに方向性を確認し合いながら、協働作業を進めているのだ。


■持続的成長のカギは参加者の裾野の広さ


 まだまだ成長を続けるウィキペディア日本語版だが、今泉氏は、日本語を話す人口の少なさが、ひとつの大きな限界だと感じていると語る。ウィキペディアのようなプロジェクトは、100万人規模の潜在ユーザーがいて初めて成り立つプロジェクトであり、今後の成長の原動力としては、日本の人口の1億3千万人という数さえも必ずしも十分ではないと考えるからだ。

 何よりも、執筆・編集に参加する人の数を考えると、潜在ユーザーのうち例えば、きちんとした文章を書ける人が半数、ウィキペディアの目的とルールを理解する人がその10%、ウィキペディアに頻繁にアクセスできる人がそのまた10%と、参加可能な人の数は母集団全体に比べてずっと少ない。さらに、ある時点で参加している人の数は、それよりはるかに少ない。

 また、ウィキペディアが、現在のような緩やかなボランティアネットワークのままで成長を続けるには、成長の度合いに見合った参加者の裾野の広さが必要だ。すなわち、その時点での総記事数や書き込みの数に対して、それらを十分監視し、必要があれば自分で連絡したり修正したり、あるいは手を差し伸べたりしてくれるだけの目と手の数が必要である。必要な目や手の数は成長にしたがい多くなる。

 日本語ユーザーの裾野の広さが十分でないことを示す例として、今泉氏は、日本語版では、外国人が書いた不完全な日本語の記事を日本人が完成させるというような分業が機能しにくいことを挙げる。記事を正しい日本語に修正する日本語ユーザーのマンパワーが足りないのだ。

 実は、英語版はこのような分業により大きく発展してきた。またドイツ語、フランス語等のインド・ヨーロッパ言語のプロジェクトも、言語が似通っていることで裾野の広い母集団を持つことができ、持続的成長に関して大きなメリットを享受できているという。


■最大の懸案事項は法的問題


 ウィキペディアが抱える大きな潜在リスクは、誹謗中傷や転載等による法的問題の発生である。訴訟問題に発展した場合、責任の所在や賠償金等を巡って、プロジェクトが立ち行かなくなることもありうる。

 事実、ウィキペディア上での誹謗中傷は後を絶たず、日本語版以外で、訴訟問題を抱えるところもある。なお、リスク回避のため、存命中の人物に対する書き込みの禁止も検討されているという。

 現在のところ、起こった問題への対処は、法律に詳しいボランティア頼みの状況であるが、資金があれば法律家を雇いたいというのが本音のようだ。


■ウィキペディアへの期待


 ウィキペディアは、オープンソース同様、集合知の利用という文脈で「Web2.0」の代表的事例としてとらえられることが多い。しかし、ウィキペディアはオープンソースよりはるかに多数の参加者を対象にしており、その意味でオープンソースより進歩的だ。記事の誤りや誹謗中傷がことさら大きく報じられるのも、ウィキペディアが体現している方向性に対する大きな期待の裏返しと見ることもできる。

 今泉氏は、ウィキペディアのプロジェクトは政治に似ていると言う。決して効率的ではないが、多様性を内包しつつ一進一退しながら正しい方向に進んでいく。今後、より完成度を高め、私たちの知的活動を支えるすばらしい百科事典となっていってほしい。


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