|
|
| 第2回 大和市 ICカード事業 |
| 2003.7.23 |
|
<神奈川県大和市> http://www.city.yamato.kanagawa.jp/
多くの自治体でICカードの利用が進まないなかで、なぜ大和市ではICカード事業を継続できているのだろうか。 市の情報政策とICカード事業について、企画部情報政策課副主幹で情報政策を担当する小林隆氏に、お話を伺った。 ■ 情報政策のはじまりは都市計画策定作業への住民参加から 「インフラを先に整備しなければコンテンツは動かない、そのロジックはある意味正しいと思いますが、コンテンツ作りも並行して進めていかないと、上手く立ち上がらない」。大和市の情報化関連事業について、小林氏は明快に語る。 1995年、大和市では、バブル期に策定された都市計画をバブル崩壊後に縮小するか否かという問題が起こった。その計画更新プロセスに住民参加を実現しようとしたのが、情報技術を行政で活用した取り組みの、そもそもの始まりである。 当時、都市計画を担当していた小林氏は、縮小された計画案とそれに関する情報をインターネットで公開し、幅広く市民の意見を募ることを提案した。それは画期的なことであっただけに、庁内外から強い抵抗を受けたという。 しかし、抵抗を乗り越えて、計画更新プロセスへのインターネットを通じた住民参加が実現し、最終的には、現実的な規模の案が採択された。 ■ 有志で「インターネット研究会」を重ね、情報政策課設置にこぎつける インターネットの活用を通して、住民が参加した都市計画の更新が実現したのをきっかけに、大和市では、他の事業に関してもインターネットを使って市の情報公開を進めようという機運が高まった。小林氏の取り組みに賛同する若手を中心とした市職員約20名が、市役所の各部署から自主的に集まり、95年から「インターネット活用研究会」を開催するようになった。 研究会は、97年まで月に1回程度のペースで続けられた。彼らは勤務時間外にもかかわらず、手弁当で会を重ね、それは合計20回にも及んだ。その後、この研究会は行政情報を提供するホームページを立ち上げ、市民から電子メールでもろもろの意見・苦情を受け付けるということを始めた。 予想していたとはいえ、一般市民をはじめとする外部から寄せられる不満・苦情に対応するのは大変なことだった。不満や苦情を庁内の担当へ回すと庁内から反発が湧き上がるという状況がしばらくの間続いた。 勤務時間外に研究会に参加する若手職員達にとって、苦情への対応は非常に重い仕事だった、と小林氏は振り返る。「当時庁内では、行政の情報は出すものじゃない、中に隠しておいて、事業を国の言われたとおりに上手くやるのが市役所職員の本分だという考え方が支配的でした。もちろん、今でもそういう考えの方は存在していますが」。 こうした状況で、予算もなく、人手も時間も十分ではない研究会の活動の歩みは困難をきわめた。しかし「インターネット活用研究会」は、1997年5月までに「大和市インターネット活用戦略計画」のとりまとめにこぎつける。 この計画は、行政におけるインターネットの具体的な活用・利用方法を打ち出したものだ。計画立案までの議論の過程は逐一インターネットで公開され、計画には市民から寄せられた意見が取り入れられている。このような研究会の活動によって、行政はインターネットの利用法・活用法を学ぶ必要があるという意識が、次第に庁舎内に浸透していった。 大和市は1998年、企画部に初めて情報政策担当を置く。インターネットの活用が、行政の仕事としてようやく認められたのだ。小林氏を含む2名の担当者にサーバーが1台、専用線1本が与えられ、予算は300万円からスタートした。 彼らの最初の仕事はケーブルを肩に市庁舎中にネットワークを張り巡らすという力仕事だった。自主的な研究会でホームページは立ち上げたものの、集まった20人だけでは、21万人の市民を相手に対応しきれない。とにかく庁舎内の全員がホームページを閲覧し、電子メールを使用できる最低限の環境を構築する必要があったのだ。 そして同年の国の補助事業で購入した500台のパソコンをつなぎ、すべての担当者の机にインターネットへの接続端子を整備した。情報政策課が設置されたのは翌99年、担当者は4名になった。 さらに、「大和市インターネット活用戦略計画」を実行するには何が必要か、小林氏は考えた。計画を実現するためには、市職員全員がインターネットを使った行政の情報公開・住民参加に対応できるスキルを身につけなくてはならない。 ネットワークの構築と並行して、たった4人の情報政策担当者が先生役になり、パソコンの使い方を教える独自の研修が行われた。消防士から管理職まで約2000名の市職員全員が対象である。全員がホームページの作成方法まで学び、研修を終えるまで、情報政策課は1年半にわたって地道な業務を続けた。 さらに、各課に1名リーダーが指名され、そのリーダーを中心に、各課はそれぞれホームページの作成をするようになった。市民に業務の経過を公開する各課の取り組みは、着実に進んでいった。こうして大和市では、各種の計画案件を策定途中の段階からインターネットを通じて市民に公開するようになったのだ。 今回の取材で、小林氏が最も熱っぽく語ってくれたのは、情報政策課が立ち上がり、市職員や市民が情報技術の有用性を理解し、役立てていけるようになるまでのプロセスであった。そのプロセスこそが"コンテンツ"の部分を醸成してきたからである。 「それをちゃんとやらないから、日本の情報化はいつまでたっても上っ面を整えるものばかりになってしまう。結局は滑って転んでしまう」という小林氏の言葉には重みがある。 ■ 活発な"電子コミュニティ"はリアルでの活動があってこそ このように、インターネットは行政から市民への情報公開、行政と市民の間のコミュニケーションに役立てられるようになった。その後大和市では、2001年1月に、電子会議室を使って住民同士のコミュニケーションを推進し、市政への住民参加を促進する取り組み、「どこでもコミュニティ」を開始した。 「どこでもコミュニティ」には市民はもちろん、大和市を応援する人は誰でも参加できる。現在会議室は15あるが、全て参加メンバーを限定しないオープン型になっている。 そのうち、小中学校の学習成果を地域に向けて発表する「小学生のひろば」「中学生の広場」や、「『どこでもコミュニティ』を考える」電子会議室など、5つは行政が主催している。この5つの電子会議室にはハンドル名でも参加できるが、市職員は所属と実名を明らかにしており、一般市民も実名で参加する人が多い。 「子育て支援」電子会議室は市民自らが主催するコミュニティの1つであり、ハンドル名で参加できる。ここでは日常の育児に関する疑問から、子育てに必要な行政支援に関する意見まで、活発な情報交換が行われている。 「市民活動と行政の協働」電子会議室では、市職員も参加者も、実名で意見表明や交換を行っている。大和市では2002年7月に施行された「新しい公共を創造する市民活動推進条例」に基づいて、市民団体やNPO法人と市との協働事業の立ち上げが進んでいる。それに向けて、「市民活動と行政の協働」電子会議室は、現在、最も盛んな意見交換が行われている。 こういった意見交換は電子会議室だけにとどまらない。大和市は2ヵ月に1度、コミュニティセンターの会議室などで「市民会議」を開催している。市職員と自由参加の市民が1回に4時間以上の時間をかけて、電子会議室で提起された問題や意見について議論を深めるのだ。 また、市民が主催する電子会議室では、会議室ごとにオフラインミーティングも行われている。 2003年6月には、「市民活動と行政の協働」電子会議室でも議論されてきた「新しい公共を創造する市民活動推進条例」に基づく、市民からの事業提案が行われた。一般市民や行政側の担当者が集まった前で、代表提案者が公開でプレゼンテーションを行ったのである。7月6日には提案の公開審査が行われ、結果は市長への提言としてとりまとめられる予定だ。 小林氏は、情報公開と住民参加を進めるには、サイバー空間でのコミュニティ活動がリアルでの活動へとつながっていくことが重要だと考えている。 「現実の活動がサイバー側へ移動するのは、もうこの10年間で概ね完了すると僕は思います。サイバー上のコミュニケーションを、リアルのレべルで実現する機会と環境が必要なのです。実際に行動を起こす場所はリアル空間です。インターネットは行動を起こすためのメディアですから。」と小林氏は語る。 大和市では全ての公立学校に校内LANとパソコンが設置されており、合計2000台にのぼる。子供たちは総合学習の経過などをパソコンでプレゼンテーションし、インターネットで情報発信している。市民用のパソコンは800台あり、各コミュニティセンターでは自治会が自主的に開くIT講習会も行われている。 小林氏によれば、現在「どこでもコミュニティ」の参加者は、50代が15%、60歳以上は19%と中高年世代が多い。男女比は約6対4。95年当時、都市計画に意見を寄せた市民は、昼間に会社からインターネットで市の情報をチェックしているサラリーマン層が大半で、95%が男性だった。インターネットが市民に普及したこともあり、参加者の偏りは7年かけて着実に変わってきた。 ■ ICカードは電子コミュニティ参加へのパスポート しかしながら、情報政策課の職員達はIT講習会などを通して、市民がパソコンをたやすく操作できるようになるのは容易ではないということを実感していた。パソコンを介して行政サービスを提供するなら、誰もが簡単に使える環境を作る必要がある。 「ITが使えるにはどうしたらいいのか、それには誰でも簡単に使えるコンピューターを全員に渡さなくてはいけない。その事業がICカード事業の取り組みです。行政サービスを効率化しようということを主目的とする考えはありません」と小林氏はICカード事業の目的を述べる。 こうして、電子コミュニティ参加へのパスポートとして、大和市のICカード事業は始まった。
ICカードがパソコンの代わりになるということは、一般に馴染みが薄いと思われる。しかし実は、カードに埋め込まれているICチップにはCPUが入っており、OSやアプリケーションをインストールできる。ICカード自体が演算処理をできるのだ。一般にユーザーはキーボードを使ってパソコンを操作するのに対して、ICカードなら、ユーザーはリーダライタにそれをかざしたり、差し込んだりするだけで操作ができる。ICカードは、誰もが使える小さなコンピューターなのだ。 そのICカード「大和市民カード」は、市に住民登録をしている人なら年齢や国籍に関わらず誰でも取得できる。申請書に必要事項を記入し、原則本人持参で窓口に提出する。赤ちゃんでも保護者の親権によるカードの代理申請が可能だ。また、申請書はインターネットでもダウンロードができる。 「ICカードの普及等によるIT装備都市研究事業」が始まった2002年1月当初は、発行手数料は無料だったが、事業予算による発行の終了後、2002年10月からは1000円となっている。今後住民基本台帳ネットワークの本格的な運用開始にともなって、住基カードとして利用されるため、2003年8月からの発行手数料は500円になる予定である。 カードは接触・非接触の両方の使い方ができる。ICカードリーダライタは市内1100台の公設のパソコンに取り付けられた。さらに、インターネットを利用したサービスでは、自宅からIDとパスワードで本人認証を行うこともできる。 「大和市民カード」の発行枚数は2003年3月末現在で87,433枚を数え、約21万5,000人の全人口に対する普及率は40.2%にのぼっている。都市計画変更の取り組みや「どこでもコミュニティ」の活動を通じて、大和市の情報政策は市民からの信頼を得てきたことが、高い普及率につながっていると小林氏は感じている。 大和市民カードでは、ICカードのIDとパスワードの設定を使い、自宅のパソコンからも生涯学習センターといった学習施設や、スポーツ施設の予約ができる。市が主催する講座やイベントへの参加申し込みも、インターネットでできるようになった。 さらに、ICカードを有効に使おうというのが、次に紹介する電子地域通貨システムLOVES(ラブス)の試験運用である。 ■ 主要アプリケーションは電子地域通貨システムLOVES(ラブス) LOVESはLocal Value Exchange System(ローカル・バリュー・エクスチェンジ・システム)の頭文字をとって命名された。地域での実際の生活に役立つモノやサービスの価値をラブという単位で表し、大和市内で循環させることで相互に活用しようという、コミュニティ運営の取り組みである。 ラブとして表示される対象には、「知識・財産・役務」の3つが挙げられる。 「知識」とは、家族が難病を患った経験から同じような立場の人にアドバイスするというようなこと。「財産」とは、壊れていないが使わなくなった家具や家電製品、衣類などのモノ。そして「役務」とは、福祉施設でのボランティアなどのサービスのことだ。 例えば、子供が成長して着られなくなった服がそのまま残っていても、その家庭では役に立たないが、子供服が必要な人にとっては価値があり、子供服は使われることで人の役に立つことができる。ラブスの目的は値を付けることではなく、地域内で知識・モノ・サービスを循環させる仕組みを作ることなのだ。 大和市民カードには発行された時点で10000ラブが登録・付与されている。増えたり減ったりしても毎年1年の始まりの1月1日に10000ラブに戻る。現在はまだ通貨として機能していない試験段階であるが、この運用方法は、次の試験段階に入るために来年の1月には変更される方向で市民会議で議論されている。住民は、提供したい知識・モノ・サービスの情報を、パソコンや市内に設置されたICカード端末からラブスシステムに登録し、逆に利用したいものを検索することができる。現在は、月に1600件程度の取引があるという。 ラブスシステムはリーダライタが設置されていないパソコンからでも、IDとパスワードを入力すれば利用できる。自宅にパソコンがない人や、パソコンの操作が困難な人などがICカードを利用するには、ICカード端末の「LOVES情報端末機」を利用する。 ICカード端末は、事業開始とともに市内100施設に設置された。市職員は全員この操作の手伝いや代行ができるように研修を受けている。公共施設の市民端末は約300台あり、民間の施設にも約100台のICカード用端末が設置されている。民間の施設とは、地域商店街の店舗やNPOの事務所、障害者の地域作業所などで、こういった場所が街づくりの身近な拠点となるようICカード用端末が置かれている。 この「ラブス」と「どこでもコミュニティ」の運営にあたってきた市民団体は、2003年4月からNPO法人「ラブスサポートセンター」となり、市民自らの手によるシステムの運用も定着しつつある。通貨としての本格的な取り組みはこれからである。「地域通貨もまたこれから10年の仕事です」小林氏は言う。 ■ 大和市は情報技術を利用して地域コミュニティ作りを続けていく 「どうやって財源を獲得しインフラを整備するのかという視点で"情報化"が議論されているのは誤りです」。ICカード事業が定着しなかった自治体では、ICカードの利用目的があいまいで、カードを導入すること自体が目的となってしまっていたのではないか、と小林氏は指摘する。 大和市の場合は、まず、市政への住民参加と情報公開という明確な目的があり、そのための手段として情報技術の使い方を考えることから、情報政策の立案が始まった。はっきりした目的と、小林氏のようなキーパーソンの存在が、大和市と他の自治体の違いを生み出したといえる。 2003年8月からは住基カードの発行が始まる。ICカード技術によって自宅から住民票の申請・取得が簡単にできるようになる。しかし、市民が住民票を取得する必要が生じるのは、年に数回程度だろう。行政のICカード事業がコストに見合うものなのかを疑問視する声もある。 小林氏は、今の枠組みの中で費用対効果を積算している限り、ICカードは普及しないという議論がいつまでも繰り返される、と考えている。「人間がICチップを持つ。モノがICチップを持つ。さらにそれをネットワークにつないだ時に、人間が日常的に使う何らかのデバイスをもっていればそこに自動的に情報がやって来る。その環境をつくれるのは行政しかないでしょう」。 それを地域コミュニティ作りに役立てるために、行政と住民が一体となった大和市の息の長い取り組みはまだまだ続いていく。 |